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 用意するもの

 バット:(野球部時代のユニフォームを着用の上、ホームセンターで購入。帽子を目深に被り、顔を見られないようにする事)
 手袋×2:(別々の百均で購入。二重に被り、指紋をなるべく残さない)
 黒いゴミ袋『大』×2:(ブツを入れるのに使用。別に縛り口用の紐を用意するべきか?)
 緑の帽子とツナギ:(父から貰った物を使用)
 着替え×2:(事を終えた後に着用するものと、移動した駅構内でさらに着替える物の二つ)
 段ボール箱:(折りたたんで持ち運び。ゴミ捨て場にあった物を使用)
 靴×2:(ボロボロになったスニーカーを履いて行く事。逃走用は現場の近くに隠しておく)
 シャベル:(ゴミ捨て場にあった物を使用。壊れかけているが、ガムテープで補修。あらかじめ林前に置いておく)
 雑巾:(気休めであろうが、拭取り用)

 ………

 今日は記念日だ。三ヶ月にもわたる計画がついに実行されることとなる。
 長いようで、とても短かった。計画を立てるのに一割、その細部を見直すのに五割。後の四割は決心を付けるために使い果たした。……もう迷いはない。躊躇い無く、遂行できる。
 殺人を。


 標的は郊外に住む老人。数年前に相方を亡くしてから一人孤独に住んでいる。相当偏屈で、友人どころか面識がある人さえ少ない。また出歩くことは滅多になく、出かける用事は年金の引き落としと食事の購入のみ。趣味は無いようだ。それらも日にちが決まっており、それ以外の日は家に閉じ篭っている。訪問者はここ三ヶ月で、新聞配達や郵便配達。セールスの類は来なかったが、不意に来るとも限らない。だが立地自体、開発区から見放された僻地のようなもの。老人宅以外の家は数十メートル四方離れているところを見ると、訪問販売の類がそう来る事はない。それより目撃されると目立つことの方を憂慮すべきか。
 三ヶ月もかけた計画とは言っても、こちらは普段忙しい学生の身分。所々穴あきで多分に運を頼った欠陥計画だ。実行犯も自分一人。協力者はいない。イレギュラーの不安要素は高く、リスクばかりの無謀な殺人だ。
 ……だが、もう引き返せない。いや、引き返すべきではない。既に決心は済ませ、泣き言は足踏み以外の何物でもない。意志は既に固まっている。
 深呼吸をし、気分を落ち着け、心は冷たい鉄と化せ。
 さあ、行こうか。


 ――ピンポーン――
「こんにちは、お届け物でーす」
 インターホン越しに笑顔でそう告げる。しわがれた返事がした後に、人影が玄関に近づく気配。
 手に汗を握る数瞬。ドアが開くまでの時間が遠い。
 自分の格好に、何か不自然なところは無いだろうか?駅のトイレで幾度となくチェックした心配事が、この場においても気になりだす。大丈夫だ。心配ない。落ち着け。ここでうろたえれば、それこそ相手に不信を植え付けることになる。
 手に持った段ボール箱を少し動かす。後ろ手に持ったバットはちゃんと隠しきれてるだろうか?少しでも体からはみ出ていないだろうか?気になれば気になるほどソワソワするのをとめられない。
 落ち着け!今奴はインターホンから離れているだろう。こちらに向かっている最中だ。彼がドアを開けてもこの調子なら、奴が気づいて失敗するぞ!
 ドアが開いたのは、意識して体を硬直させたのと同時だった。おかげで体を止めるのに成功したのか、緊張で勝手に体が止まったのか、分からなかった。
 開いたドア越しでぱっと見た顔に、用心している気配はない。深く刻まれた皺や、きつく結ばれた口元は険しい気性を感じさせるものだったが、彼はいつもそんな顔だ。何よりチェーンが掛けられていないので、宅急便が来たのだと疑ってはいないだろう。
「荷物をお届けにあがりました。サインか判子をお願いします」
 さあ、ここで判子と犯行をかけてみるんだ。ハンコとハンコー。ほら、自然なスマイルが。
 と思ったが、標的が眉を顰めた。おかしい。少しスマイルが歪んだか?
 それでも彼はうんもすんも言わず、黙ってハンコを取りに行くべく振り返った。
 ……少し予想外だった。てっきり自分がハンコを持参でこちらに来たのだと思った。そもそも荷物の受け取りはサインで済む。なぜ取りに戻るのだろうか?おかげでこっちは思わぬチャンス到来に面食らった。
 ……どうする?いくか?いかないか?待て、待て。落ち着け。予定じゃ奴が判子かサインをするのに屈んだ時にやる手筈だろう?その時確実に犯行に及ぶべだめだ早くしなければいつ気づくとも知れ焦ってすべてを不意にするつもしかし奴は今背を気は過ぎた既に奴は振っても届かぬ圏内に踏み出せばいいだろうが走行しているうちに奴は!奴は!奴は!

 声にならない叫び声を挙げていた、と思う。

 記憶に残っているのは、何が起きたのか分からないといった標的の表情のみ。一方で手の感触は、嫌にはっきりと残っている。
 最初に硬い頭部を殴打した。蹲ったところで背中へ振り下ろす。四発のうち横殴りの一発が逸れて柱にぶつかり、大きな凹みを残した。奴はその時点で倒れていたと思う。必死に這って逃げようとしたところを、無我夢中で背に飛び乗った。片足がずれて体勢を崩したが、しゃがみながらがらバットを垂直に首へと突いた。そのまま体勢を整え、頭へと集中的に振り下ろす。手で必死に防ごうとしているが、自分にはそれが抵抗の現われではなく生きている証に思え、それを消すべく無我夢中で振り下ろし続けた。そのうちの一発が逸れて、自分の弁慶の泣き所に当たり、思わず尻餅をついて痛がった。それでも殺そうとする意志は消えず、左手だけで彼の頭部を殴り続けた。もはや何発殴ったのか分からないぐらい、殴り続けた。
 最後のほうは機械的になり、生きているから殴るのではなく、止める気力がなくなったから殴り続けるだけになった。
 最終的に止めた理由は、単純。ただ手が疲れたのだ。

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